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アルトゥラスカーニショバスがシカゴブルズへ

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アルトゥラスカーニショバス

懐かしい名前を聞きましたので。

アルトゥラスカーニショバスが、シカゴブルズのバスケットボール運営部門のエグゼクティブバイスプレジデントに就任しました。

なぜ懐かしいかと言えば、カーニショバスが優れた選手でもあったから。

リトアニア人のカーニショバスは、早くから地元クラブ・スタティーバ(当時はソ連)でプレイ。1990年の世界選手権(@アルゼンチン。現在のワールドカップ)の際、やはりスタティーバ出身、NBAウォリアーズでプレイしていたサルナスマーショリオニスが、アメリカ代表アシスタントコーチをしていたPJカーリシモ(当時シートンホール大学ヘッドコーチ)に推薦→即、SHU入学となったようです。

1991年にソ連が崩壊。翌、1992年バルセロナオリンピックに、マーショリオニス、アルビダスサボニスやリマスクルティナティスらとともにリトアニア代表として参加。出場は6ゲームでしたが、最年少20歳ながら、上3人に次ぐチーム4位の11.2ppgの記録を残しています(銅メダル獲得)。

1990年から1994年までプレイしたシートンホールでは、4年間通じほぼ全てのゲームにスタート(!)で出場。1991年のNCAAトーナメントエリート8進出を含む、4年連続トーナメント出場を果たしています。

オーストラリアンレジェンド、アンドリューゲイズや、プエルトリコのラモンラモスなど、やはり留学生が多かった1989年に準優勝して驚かせたシートンホール。その直後、カーニショバスが在籍した4年間は全盛期と言っていい時代でした。

やや細く、パワーやクイックネスに劣った印象ですが、6-9のサイズの割にスリーポイントの上手い、ヨーロッパの選手らしい特徴を持っていました。当時はまだ、サイズとアウトサイドシューティングを兼ね備えている選手は多くなかったのですね。→カレッジでのスタッツ

*PJカーリシモは、カーニショバスの卒業とともにシートンハールを離れ、NBAポートランドのヘッドコーチに。その後ゴールデンステイトでもコーチ。

カーニショバスはNBAドラフトで指名こそされなかったものの、ヨーロッパでプロキャリア。特にFCバルセロナでは3度スペインリーグを制し、リトアニア代表選手として、1992バルセロナに続き、1996アトランタオリンピックでも銅メダルを獲得しています。→ヨーロッパでのキャリアスタッツ

選手引退後はNBA、そしてヒューストンロケッツのインターナショナルスカウトとして活躍。ヨーロッパの選手とNBAのパイプ役であったと考えてよいでしょう。

2013年にデンバーナゲッツのアシスタントGMに就任。度々他チームのGM候補にあがりながら、2017年にナゲッツGMに就任。着任早々の、ポウミルサップ獲得は有名ですね。

シカゴブルズのフロント

わかりやすかったので、以下、フォーブスの記事を要約していきます。

2017年にジミーバトラーを放出して以降の成績が71勝158敗とのことで、さすがにブルズに危機感がうかがえますね。

ESPNによるNBA Future Power Rankings (*有料記事です)でも、現在30チーム中23位。特に”management(フロントオフィス、オーナー、コーチング)”の部門で29位とか(最下位はニューヨークニックス)。

今回の候補者面談も含め、黒人を候補にしないブルズは批判されているようですが、まずカーニショバスに全権委任、ジョンパクソンらの影響は残るものの、刷新する決意のようです。HCジムボイレンもおそらく・・・→ガーフォーマンはクビ

ブルズのスタッフ一覧 *ラインズドルフ親子に次いでカーニショバスの名前があることにも、覚悟と期待がうかがえます。

ニコラヨキッチを獲得し、若い面々で成功しているデンバーナゲッツの上記"management"ランキングは12位で、全体でも11位とか。

シカゴもザックラビーンやラウリマルケネン、ウェンデルカーターJr.にコビーホワイトと若い好素材が揃うものの、絶対的スターは不在。4人以外の選手は「いじる」だろうとされています。

どのような施策をとるにせよ、”魅力的なマーケット”部門で9位であるシカゴの、ブルズファンのカーニショバスへの期待は大きいようです。

以下、別記事

カーニショバス最初の仕事は・・・ニューオーリンズペリカンズのスタッフだったJJポークをアシスタントGMに採用。地元イリノイ大学のロースクールに通ったポークはサラリーキャップの知識が豊富と。

カーニショバスは現代のNBAに取り残されないよう、他にもアシスタントGMを雇うつもりで、元来「小さなフロント」を貫いてきたブルズのこれまでのスタイルを壊すようです。

ここには、ケンタッキー大学出身の元選手、ナジーモハメドの名前。モハメドはOKCサンダーのサムプレスティの下で働いていたとのこと。

ともあれ、やはり注目はGMとヘッドコーチのポジションですね。”オールドスクール”ブルズが、カーニショバスのリーダーシップでどのように現代NBAに対応していくのか、楽しみに観察していきたいと思います。

NBAグローバル化の先駆者

グローバル化は今更のテーマですが、ますます進んでいます。主にヨーロッパから選手の流入が目立ちましたが、この背景にはかつてのカーニショバスのようなインターナショナルスカウトの存在があったのですね。

カーニショバスのナゲッツ時代の話 →これも面白い!

2016年、母校シートンホール大学は、カーニショバスにMost Distinguished Alumnus Award(最高の卒業生賞)を贈りました。

↓ぜひ見ていただきたい動画です。チームメイトだったジェリーウォーカー(彼も素晴らしい業績を残しています)やPJカーリシモなど、懐かしい顔が出てきます。 

カーニショバスもアメリカに渡ってすぐの頃は英語が全く話せなったとか。1つの単語さえも。

それがアカデミックオールアメリカン選出までに至るのですから、在学中に文武両道を貫いたことが想像できます。

シートンホールの、ブルズフロント入りを伝える記事

日本人も!

カーニショバスのような日本人も出てくるのではないでしょうか。(本人の意志は別にして)その候補は現役プレイヤーであるKJ松井、伊藤大司、渡邊雄太に八村塁・・・彼らは既にある程度その責を担ってさえいますが、将来はますます日本およびアジアとNBAを繋げる、重要なポジションに就く気がします。

そして彼らに続く選手。これもカーニショバス同様、やはりアンダーカテゴリーのFIBAイベントでの活躍が必須ですね。

<後記>

2019-2020プレシーズンのGM評 「カーニショバスは大丈夫」「ガーフォーマンは一番地位が危ない」評価。その通りになりました。。。

こちらもフォーブスによるGM評 NCAA組織の細分化が進む現代NBAでは、ただ1人良いヘッドコーチを連れてくればよいという話では済まないので大変ですね。。。

・そしてリトアニアという国。人口が300万人にも満たないこの国が、アルビダスとドマンタスのサボニス親子はじめ、多くの伝説的選手を生んでいます。*NCAA選手一覧 カーニショバスや、ヤシケビシャスさえ名前がありませんが、とにかく多い!日本はこれからでしょう。

リトアニアバスケットボールに関する記事 おすすめです。

このリトアニアとロシア、そしてラトビア、ウクライナなどのFIBAランキング上位国をまとめて”保有していた”旧ソ連、そして同じくセルビア、クロアチアにスロベニアやモンテネグロなどの国で構成されていた旧ユーゴスラビアという国にもあらためて興味が出てきました。ドリームチーム以前から世界大会で存在感を放ちながら崩壊した両国は、政治抜きでそのままバスケットボール代表チームが残存したら、いったいどれほどの強さを発揮したでしょうか。ファンとしては・・・1992バルセロナで、それぞれのvsドリームチームを見たかった。

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