※オーバーンの”バーゴ”については、noteにも書きました。より深いと思いますのでぜひ。> こちら
現代バスケットボールにおいては、
オフェンス >> ディフェンス
この対比には異論もあるでしょうが(私も反対)、オフェンスがより高度に、そして複雑になっていることに異を唱える方はいないのではないでしょうか。
今回は、近年のNCAAバスケットボールにおける”オフェンシブコーディネーター”という役割につきまして。
そのポジション名は”アシスタントコーチ”であることがほとんどですが、もはや一校に一人といっても過言でないほど多くのチームが抱えています。
オフェンシブコーディネーターの先駆け?パデュー大学

このオフェンシブコーディネーターとしての地位を確立させた先駆者、パデュー大学バスケットボールヘッドコーチ、マットペインターであるとされています。
カレッジバスケットボールと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、サイドラインで声を張り上げ、あらゆるプレーを細かく指示する情熱的なヘッドコーチの姿でしょう。彼らHCは自らの”戦術”に絶対的な自信を持っており、基本的にアシスタントコーチレベルでは思いもよらないレベルの”頭脳”を持っているとされます。重要な局面では、自らの戦術的判断でチームを勝利に導く、まさに「司令塔」としての役割で、カンザスのビルセルフなどの人物は、そのトップに君臨していると言えるでしょう。
しかし・・・
2024年に、実に55年ぶりとなるNCAAファイナルに進出した強豪、パデュー大学のゲームにおいては、その常識を覆す光景が見られます。チームを率いるマットペインターHCは、勝負どころでしばしば、まだ30歳前後であるアシスタンチコーチ(グラデュエイトアシスタント > ディレクターオブプレイヤーディベロップメント)、PJトンプソンにオフェンスのプレーコールを委ねるのです。ヘッドコーチが自ら攻撃のタクトを振るわない。この一見不可解な権限移譲の裏には、現代の(バスケットボールに限らない)組織論にも通じる、ある深遠な戦略が隠されています。
> 象徴的
1. すべての始まりは「フットボール」からの着想だった
ペインターは、現代バスケットボールが抱える2つの課題—複雑化する戦術と、それを選手に浸透させる困難さ—を解決するため、異業種である(アメリカン)フットボールに活路を見出しました。フットボールでは、複雑なプレーが瞬時にチーム全体に伝達されます。ペインターはこのシステムをバスケットボールに応用することで、2つの主要な目標を達成しようと考えたのです。
第一に、選手たちを過度に混乱させることなく、より多くの攻撃パターンを導入すること。
第二に、チーム全員を効率的に同じ認識、同じ動きへと導くことでした。
その結果生まれたのが、特定のスタッフが「オフェンシブコーディネーター」として機能するシステムです。コーディネーターは、コードワード(暗号)に基づいて構築された150近くのプレーが収められた分厚いプレイブックを駆使し、ホワイトボードを使って選手に指示を伝えます。
2. 真の目的:コーチ自身の「感情的な判断」を排除する
ペインターがこのシステムを導入した動機は、驚くほど正直で自己認識に満ちたものでした。
彼は、ゲーム中の選手交代や審判への抗議といった状況に影響され、時として自身のプレイコールが「感情に基づいた判断」になっていると感じていたのです。
そこで彼は、カレッジバスケットボール界では異例の動きでしたが、プログラム全体の利益のために”一歩下がり”、この重要な役割を他者に委任することを決断しました。これは、自身の感情的な介入がチームのパフォーマンスを最適化する上で妨げになる可能性を認め、それを取り除くための大胆な選択でした。
「私は、選手交代や審判とのやり取りを通じて、いくつかの判断を下していましたが、それらはある意味で感情に基づいたプレイコールだったと感じていました。そこで私は一歩下がり、プログラムにとって最善のことをしなければならない、と言い聞かせたのです。」
この自己分析とエゴの排除こそが、のちにデータとして示されるチームの劇的な変革の出発点となりました。
3. データが証明する圧倒的な成果
このシステムの有効性は、データによって圧倒的な形で証明されています。
まず、このシステム導入以前、ペインターがパデュー大学で指揮を執った最初の10シーズンで、チームのオフェンシブレーティングが全米トップ50に入ったのはわずか2回でした。
しかし、オフェンシブコーディネーター制を導入して以来、チームは9シーズン連続でトップ50入りを達成。その間、3度トップ5入りを果たし、が26位を下回ったのは一度だけという驚異的な安定感を誇ります。
この驚異的な結果は他のプログラムにも影響を与え、バージニアテックのマイクヤング(名将と名高い。模倣は前任地のウォフォードで開始)や、コロラドステイトのニコメドベド(同じく名将と評判。2025年オフに、母校ミネソタへ凱旋栄転)などが、このシステムを模倣するようになりました。
※メドベドはヤングのウォフォード時代に、ライバル関係にあるファーマンにおり、そこで注目。コロラドステイトにも持ち込んでからは、同カンファレンス(マウンテンウェスト)のボイジステイトやニューメキシコが真似をし始めたとのこと。
※メドベドのコロラドステイト時代のプレイコーラーはアリファロフマネ。彼はメドベドのミネソタ異動に伴い、CSUでヘッドコーチに昇進。
4. サイン盗みへの意外な対策:「すべて見せる」逆転の発想
スポーツ界がサイン盗みに対して神経質になっているこの時代に、パデューはプレーをホワイトボードに書き出し、誰にでも見えるようにしています。これは一見、非常にリスキーに思えるかもしれません。しかし、この大胆な戦略には明確な根拠があります。
第一に、バスケットボールの試合展開の速さです。相手ディフェンスがサインを読み解き、それに対応する守備体系を整える時間的余裕はほとんどありません。第二に、頭を叩くといった単純なハンドシグナルよりも、はるかに複雑なプレーを伝達できるという利点があります。
さらに、このホワイトボードは相手を欺くための「おとり」としても使われます。タイムアウト中に決めたプレーとは無関係のサインを、あえて試合中に2、3度見せることで、相手のスカウティングを無力化するのである。ペインターHCはこの手法に絶対的な自信を持っています。
「見せればいいんですよ。」
5. 導入における最大の障壁:戦術よりも「コーチのエゴ」
このシステムの導入を阻む最大の障壁は、戦術の複雑さではない。それは、すべてを掌握したいというヘッドコーチ自身の『エゴ』に他ならない。
ペインターHCやこのシステムを採用する他のコーチたちは、コーディネーターの判断の流れを乱さないために、試合中に彼らの決定を覆すことはほとんどありません。この信頼関係が、システムの生命線なのです。
オフェンスを任されているPJトンプソンは、ペインターのエゴのなさがこのシステムを可能にしていると語ります。
「彼の自我が邪魔をしていたら、私が今やっていることは到底できなかったでしょう。彼のために働きたいと私たちが思うような、そんな気持ちにはならなかったはずです。」
このトンプソンの言葉を裏付けるように、ペインター自身も「ただパデューに勝ってほしいだけだ」と公言している。勝利という至上命題の前では、誰がプレーをコールするかという個人的なプライドは意味をなさない。
プロセスはそれほど複雑ではないとされています。
上記、パデューの150近いプレイブックは、プログラム特有の言葉に基づいて作られており、オフシーズンに暗記し、ゲームで消化。トンプソンは、フットボールのコーディネーターが使うようなコールシートをベンチに置き、オフェンスでフロントコートに進む際に、小さなホワイトボードに書き込んで見せる。
一般的に、パデューは事前のスカウティングに基づき、ディフェンスに対してセットを20~25個用意して試合に臨むが、ディフェンスのアジャストメントに基づき、必要に応じてプレーブック全体をオープンにしている。ペインターによると、95%は試合前に決定され、「感情的 」な決断を避けるために試合中にシームレスに導入されるという。
オーバーン大学の”グル”、マイクバーゴマスター
まだ30歳そこそこの彼の肩書は、アシスタントコーチ兼オフェンシブコーディネーター。
> プロフィール
バーゴマスターはフロリダ州のマイアミ大学出身で、もともとは金融の学位取得後に会計士である父の跡継ぎをするつもりだったとのこと。
が、その後にバスケットボールに没頭。
全米トップクラスのオフェンシブレーティングを誇る、オーバーン大学の90%のオフェンスを指揮していると言われています。
バーゴマスターが2023年夏に現在のポジションに昇格して以来、彼はセンターのジョニブルームをまずオールアメリカンに、そしてウッデンアワードの最有力候補に育て上げました。
カレッジバスケットボール界の過去30年間には、数々の伝説的なチームが存在。
ビンスカーターとアントワンジェイミソンを擁した1998年のノースカロライナ大学(1997に続き、ファイナルフォー)。タイトルこそ逃したものの史上最強と謳われた1999年のデューク大学(シェーンバティエやエルトンブランドが所属。UConnに敗れ準優勝。)、フランクカミンスキーがいた2015年のウィスコンシン、そして近年の怪物、2023年のコネチカット大学。
しかし、データ分析サイト「ケンポン」によれば、2024-2025シーズンのオーバーン大学は、これら全てのレジェンドプログラムを凌駕する、史上最高の攻撃効率を叩き出しました。
Auburn’s offensive rating of 130.5 — meaning the Tigers score 130.5 points per 100 possessions — is the best ever through KenPom’s 29 seasons of data.
この歴史的なオフェンスを設計し、指揮したのがわずか30歳の若きアシスタントコーチ、マイクバーゴマスターです。
驚くべきことに、(上記のとおり)彼のキャリアは会計士を目指していたごく普通の大学生が、寮の友人からかけられた何気ない一言から始まったそうなのです。
「バスケットボールチームのマネージャーポジションに応募しに行くんだけど、一緒に来ないか?」
1. キャリアは計画通りに進まない:すべては「偶然の誘い」から始まった
バーゴマスターが当初描いていた人生設計は、堅実そのものでした。父親の背中を追い、金融の学位を取得して会計士になること。6-6という恵まれた体格で、幼少期からバスケットボールに親しんできたにもかかわらず、彼の人生計画はより安全で慣習的な道でした。
しかし、大学の友人からの誘いに付き添ったことで、彼の計画は覆されました。その友人はわずか1週間で学生マネージャーを辞めてしまったそうですが、バーゴマスターはそこに自身の「天職」を見出したとのこと。計画された道ではなく、偶然の出会いこそが、彼のキャリアの真の出発点。
「クレイジーに思えるけど、すべてのことには理由があるんだ」
2. 才能はこうして開花する:元スター選手ではない「凡人」が達人になるまで
元マイアミ大学の伝説的コーチ、ジムララナーガがお気に入りの一冊に挙げる書籍『The Talent Code(邦訳TALENT-「人材」を見極める科学的なアプローチ』。この本は、才能が開花するために必要な3つの要素を挙げる。それは「①点火」「②優れた指導」「③ディープ・プラクティス(正しい練習の積み重ね)」。
バーゴマスターの経験は、この3つの要素を完璧に満たしていました。
• 点火(Ignition): 大学3年生の時、マイアミ大学がNIT(ナショナルインビテーショントーナメント)の決勝に駒を進めると、彼は金融の試験をサボってまで帯同。「許されたわけじゃなかった。ただ、そこにいたかった。その時、こう思った。『これだ。これが僕のやりたいことだ』ってね」。この経験が、彼の情熱に決定的な火をつけた瞬間だったそうです。
• 優れた指導とディープ・プラクティス(Master Coaching & Deep Practice): マネージャーとしての日々は、単なる雑用ではありませんでした。ゲームのビデオテープを徹底的に分析し、プレーを切り抜き、対戦相手の戦略を練り上げる。この地道な作業への没頭こそが、彼の戦術眼を養う「正しい練習」そのものでした。
彼は元スター選手でもなければ、業界に強力なコネもなし。しかし、オーバーン大学のヘッドコーチであるブルースパールは、面接で彼の「年齢に見合わないバスケットボールIQの高さ」を見抜き、採用を決定。彼の非凡な才能は、伝統的なキャリアパスの外側で、静かに、しかし確実に育まれていました。
※通常、この”グラデュエイトアシスタント”というポジションはOB選手、または友達の友達のような人間、つまり強力なコネを持っている者に与えられる。パデューのトンプソンはその最たる例。
3. 失敗を許容する環境が、人を育てる
若き日のバーゴマスターを待ち受けていたのは、輝かしい成功ではなく、手痛い「火の洗礼」。アシスタントコーチの一人(OBで元NBA選手のチャックパーソン)がFBIの捜査によって解雇され、チーム内で序列最下位だった彼に、突如として重要なスカウティングレポートの作成が任されたのでした。
任された最初のプレシーズンマッチ(2017年)。その結果は、格下のディビジョン2であるバリー大学に対する屈辱的な敗戦。続く公式戦のテンプル大学戦でもチームは敗北。普通なら自信を打ち砕かれかねない、最悪のスタート。
この経験について、バーゴマスターはブルースパールHC(今年オフに電撃引退)への感謝を込めて:
「パールコーチについて僕がいつも言うことの一つは、彼が僕に失敗をさせてくれたということです」
パールが与えた「失敗する権利」こそが、後にバーゴマスターが大胆な戦術革新を提言するための信頼の礎となったようです。シーズンが進むにつれて彼は修正を重ね、チームは逆境を乗り越えてSEC(サウスイースタンカンファレンス)のレギュラーシーズン優勝という快挙を達成。失敗から学び、立ち上がる機会を与えられたからこそ、彼は本物の力を身につけることができた、と。
4. 最高の革新は、優れた「土台」の上でこそ生まれる
パールは長年にわたって「フレックス(オフェンス)」をチームの土台に据えてきました。
しかし、フレックスには弱点があり、トップの2人にプレッシャーをかけられると、オフェンス全体が機能不全に陥ることがあります。
バーゴマスターの功績は、この伝統を破壊することではなく、「強化」した点。
彼はヨーロッパのバスケットボールや、故郷のボストンセルティックスから着想を得て、新たなコンセプトを導入。センターがペイントエリアではなくペリメーターでプレーし、5人全員が3ポイントラインの外に位置する「5アウト」や、オフボールのスクリーンからドリブルハンドオフへと繋ぎ、ディフェンスを揺さぶる一連のプレー「ズーム」といった戦術を、既存のシステムに解決策として融合。
この革新は、チームの中心選手であるセンター、ジョニブルームのパス能力を最大限に引き出し、彼をキャリア最高のシーズンへと導きました。そのブルームは、バーゴマスターに絶大な信頼を寄せており、
「彼はオフェンスの達人(グル)だよ」
5. 「差」を生むのは何か?「守るのが難しいもの」を創造する能力
パールは、かつてフロリダ大学で指揮を執っていた、現シカゴブルズのビリードノバンHC(当時パールはテネシー大学HCで、SECのライバルでした)から聞いたという言葉を大切にしているそうで、
「ディフェンスは誰にでも教えられる。ハードワークとフィジカルを徹底させればいい。だが、真に偉大なコーチとは、『守るのが難しいもの』を仕掛けられる者だ」と。
パールは、バーゴマスターの能力こそが、まさにその「差を生むもの(separator)」だと断言。二人の信頼関係は絶対的で、ゲームにおいて、パールはバーゴマスターが提案するプレーコールの10回中9回を採用するとのこと。
“Almost everybody can coach defense, because you get them to play hard and physically,” Pearl remembers. “But the great ones are the ones that can run stuff that’s hard to guard — and not all really good coaches are great offensive coaches. So Mike’s ability is a separator.”
「友人たちとは、どうやってここまで来たんだろう、と冗談を言い合ったりもする。でもKenPomオタクの私にとっては……オフェンス(レート)で1位になった時は、本当に本当にうれしかった。」
”バーゴ”はヤバい奴です。注目です。
もはや欠かせない、「オフェンシブコーディネーター」
パデューにも、オーバーンにも注目してきました。
両プログラムはもともと強豪でしたが、最近になって一気に”ステップアップ”したからです。
パデューは上に書いたとおり、2024年に悲願のファイナルフォー、そしてファイナル進出。
オーバーンは2019年に初のファイナルフォー、そして今年、2025年にも到達。
いずれの功績にも、PJトンプソンとマイクバーゴマスターが大きく貢献したことが間違いありません。
※オーバーンについて:
HCブルースパールは確かに敏腕でしたが、オーバーンに着任した2014年から3季連続でNCAAトーナメント進出無し。ところが”バーゴ”を雇った2017-2018シーズン、15年ぶりとなるNCAAトーナメント出場。翌2019年に初のファイナルフォー進出を果たすと、コロナ禍を挟んで2022年から4年連続出場。
2018年オフ。”バーゴ”が遂にフルタイムのポジション(ADOBO、アシスタントディレクターオブバスケットボールオペレーションズ)に昇進のはわずか24歳の時でした。
今オフ。なんとブルースパールは電撃引退。ヘッドコーチの座を、息子のスティーブン(バーゴより少し若い、38歳!)に譲りました。
驚きましたが、「”バーゴ”がついてれば何とかなる」と考えたのではないでしょうか。
(投稿時点で、オーバーンはTop25を維持中)
今季、早くもパデュー vs オーバーンが実現。
「まずは」、パデューが圧倒しました。
当たり前ですが、ヘッドコーチはオフェンシブコーディネーター”以上”でないといけない。
その仕事は、X'sO'sだけではないからです。
また、”オフェンシブコーディネーター”として優れる人物が、必ずしもヘッドコーチとしてやっていける、大成できるとも限らない。
そもそも、ヘッドコーチ職に興味を示さないオフェンシブコーディネーターさえいます。
とても面白いです。