NBAでドラフト指名された選手が、シーズンが始まった後になってNCAAディビジョン1のチームに加入する――。もし数年前にこんな話を聞いたら、誰もが冗談だと思ったはずです。
しかし、これは現在のNCAA(全米大学体育協会)カレッジバスケットボールで現実に起きている事態です。かつて「アマチュアリズム」という理念を掲げていたNCAAは、今やプロとアマの境界線が完全に溶け合った、前例のないカオスの中にいます。
今回はNCAAバスケットボールの信じられない現状、混乱の最中にいるコーチたちの本音、そして誰もが答えを知らない不透明な未来について。
現状:プロ選手がNCAAのコートに立つ「前例のない時代」

2025年のクリスマスイブ。ベイラー大学が衝撃的な発表。
2023年のNBAドラフトで指名された、21歳のセンター、ジェームズナジとの契約です。7フィートのナジ、すでにユーロリーグ(FCバルセロナ)で4年以上のプロ経験を持ち、シーズンも半ばに差し掛かったタイミングでベイラーに合流するという、まさに前代未聞の事態。
しかし、こういった動きはベイラー大学だけのものではありません。Gリーグや海外のプロリーグでプレイしていた選手たちが、オクラホマ、BYU、そしてルイビルといった他の強豪校にも次々と加入しているのが現状です。
なぜ、このようなことが可能になったのか。そこには巧妙な「抜け穴」が存在します。ナジのケースが認められたのは、以下の3つの要因が重なったためです。
第一に、彼はこれまで一度も大学に在籍したことがなかった。
第二に、NBAドラフトで指名されたものの、NBAチームとの正式な契約は結んでいなかった。
そして第三に、NCAAがすでに海外でプロ経験を持つ他の(ドラフト外)選手たちに出場資格を与えた前例を作ってしまっていたこと。
NCAAが訴訟で負けることを恐れ、ルール適用に及び腰になっている現状を、大学側が最大限に利用しています。
この状況を象徴するかのように、ベイラーHCのスコットドリューは(開き直り気味に)言い放ちました。
「もし合法なら、我々がやらない理由はないだろ?」
コーチたちの本音:「適応か、嘆きか、それともリーダーシップの希求か」
この前例のない状況に、現場のコーチたちは激しく揺さぶられています。彼らの意見は、大きく3つのタイプに分類できます。
適応派
ルイビルのパットケルシーやベイラーのスコットドリューに代表される現実主義者たち。
「ルールがあるなら、それに適応し、最大限に利用して勝利を目指す」というスタンス。
しかしその背景には、単なる勝利への渇望だけでなく、この混沌とした環境で職を維持しなければならないという強烈なプレッシャーがある。「職を失いかねないコーチもいる。彼らは雇用され続けるために、この状況を利用できるうちにしておきたいのだ」という関係者の指摘は、彼らの現実的な動機を物語っています。
嘆き派
伝説的コーチのリックピティーノHCは「もはやカレッジバスケットボールではない。プロバスケットボールだ」と。また、イリノイのブラッドアンダーウッドは、プロ経験を持つ年長の選手が次々と加入することで「高校生が大学でプレーするという選択肢が失われる」と、大学スポーツの伝統的な姿が失われることへの強い懸念を示しています。(お前が言うなとも思いますが・・・)
リーダーシップ希求派
最も多くのコーチがこの考えを共有しています。彼らは個々のルールよりも、NCAA全体のガバナンスの欠如を問題視。2年連続で全米王者に輝いたUConnのダンハーリーは、
「私が最も言いたいことは、誰がこの盾、カレッジバスケットボールの(盾)を守っているのかということだ。誰がカレッジバスケットボールを守っているのか。… コミッショナーが必要だ。ルールが、ガイドラインが必要だ。」
この声に、パデューのマットペインターも
「我々はただルールを知りたいだけだ。そうすればそれを遵守できる。」と付け加え、現場がいかに明確な指針を求めているかを訴えています。
コーチたちが求める「明確なルール」は、しかし、NCAAが部門によって全く異なる基準で、しかも矛盾に満ちた形で運用しているという厳しい現実に直面します。
矛盾:学費支援で出場停止になったディビジョン3選手という「もう一つの現実」
ディビジョン1のバスケットボールが限りなくプロ化していく一方で、NCAAがいかに矛盾した存在であるかを象徴する出来事が起きています。
ディビジョン3(奨学金なし)の陸上選手、モハメドバティの悲劇。
彼はNCAAディビジョン3クロスカントリーの全米準優勝者という実力者でしたが、学業と競技を両立させるために病院の夜勤で働き、経済的に困窮。そんな彼を見かねた地域社会の人々が、彼が大学を中退せずに済むようにと約6,000ドルの学費を支援。しかしNCAAは、この善意の支援を「不適切な利益供与」と判断し、彼の大学最後のシーズンへの出場資格を無情にも剥奪。
この支援はしかし、選手の知名度を利用して対価を得るNIL(名称、画像、肖像の利用)とは全く異なり、純粋に一人の学生が学業を続けるためのものでした。
この一件は、NCAAがディビジョン1とディビジョン3で全く異なるルールを運用しているという歪んだ現実を浮き彫りにしました。
「バティのケースでは、ルールは書かれた通りに適用された。しかし、その背景にある文脈は考慮されなかった」。
数百万ドルが動くディビジョン1の「プロ選手」を許容する一方で、学費に苦しむディビジョン3の学生アスリートを厳格なルールで切り捨てるNCAAの姿は、組織としての矛盾を何よりも雄弁に物語っています。
展望:混沌の先に待つのは「団体交渉」か、さらなる「崩壊」か
この混沌とした状況を打開するための解決策として、2つの抜本的なアイデアが議論されています。
コミッショナーの導入
ダンハーリーが強く提唱するように、NBAのデビッドスターンのような強力なリーダーシップを持つ人物をトップに据え、個々の大学の利益ではなく、スポーツ全体の利益のために意思決定を行うという案。
団体交渉(Collective Bargaining)
スコットドリューが指摘するように、選手を「従業員」として正式に認め、団体交渉を通じて明確で強制力のあるルールを策定するという、より現実的な道筋。
多くのアナリストは、これが「明確なルールを作る唯一の方法」であり、長年にわたって自明の解決策だったと指摘。しかし、旧体制の指導者たちがそれを受け入れられなかったことが、現在の危機を招いた、と。
NCAAのプレジデント、チャーリーベイカーは、現状を「極めて不安定化させるものだ」と憂慮し、「NBA契約を結んだ選手の出場資格は認めない」との声明を発表。しかし、これはドラフトされたが契約はしていないナジ選手が利用した抜け穴を意図的に無視した、慎重に言葉を選んだ声明に過ぎません。すでに開いてしまったパンドラの箱に小さな蓋をしようとするようなものであり、根本的な課題は解決されていません。
抜本的な改革が実現しない限り、コーチたちは今後もルールの「グレーエリア」を探し、利用し続けるでしょう。そして、この混沌とした状況はさらに加速していく可能性が高いと言えます。