日本代表/FIBA

トムホーバスとバスケットボール男子日本代表とパリ五輪2024と

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バスケットボール男子日本代表がやりました!

ワールドカップで3勝2敗。

アジア1位=パリ五輪出場権獲得。

渡邊雄太をはじめ、選手が最大限の力を出した結果ですが、その選手たちの力を最大限に引き出したのがヘッドコーチ、トムホーバス!

   

世界的に見れば、メンズバスケットボール界ではミステリアスな存在であったトムホーバスとは、どういう人物なのでしょうか。

   

大学時代のコーチが、トムホーバスの母校ペンステイト(現在はネブラスカ大学と同じビッグテンに所属)にコーチ留学していたこともあり、ホーバス氏が選手として来日した時から、よく話を聞いていました。

> 過去の投稿:バスケットボールと身長-NBA、NCAA、Bリーグ、日本代表男子女子

> 過去の投稿:アラバマ大学と日本代表バスケットボールと、スリーポイント

   

トムホーバスという人物

注目の人

   

「テリブルだ(ひどい)!」

1990年に来日し、トヨタ自動車(現在のB1アルバルク東京)でプレイし始めたトムホーバスはこうもらしていたそうです。

ウェイトトレーニング施設などはじめ、日本のバスケットボール環境はあまりにも貧弱だ、と。

   

必聴。フランさんとは故郷コロラドが縁。

   

ペンステイトで4季プレイ後、ドラフト外でNBAヒューストンロケッツのキャンプに参加。その時ホーバスのシューティングのリバウンダーをつとめたのが、当時ロケッツのアシスタントだったルディトムジャノビッチ!

・今でも難関とされる、日本→NBAが実現できたのはピートニューエルさんのおかげだった。

・28歳でデビュー(!)したNBAではほぼ出場なし

   

興味深かったのは、プレイ環境を”Terrible”としながらも、日本での選手生活は楽しんでいたこと。

満員電車で通勤し(!)、トヨタのインターナショナルマーケティング部門でフルタイムで働きながらプレイする毎日を送っていた、と。

   

施設の貧弱さもさることながら、当時の日本バスケットボールはノンプロ。”実質”プロの選手は、特に外国人選手にはいましたが、多くは会社員としての生活も強いられていたのですね。

   

この生活を送れるほど、日本を好きになれるかどうか。そして、日本を理解できるかどうか

   

バスケットボールコーチとしての実績よりも、まずここが、日本代表のバスケットボールコーチを務める上で大事な資質ではないのか、と思ってしまいます。

   

トムホーバスのバスケットボール

主に戦術。女子時代も多く含まれます。

   

驚いたことに、”こういった”ところでも、日本のバラエティに近い番組においてでも、トムホーバス氏の話す内容はほとんど変わりません。

スリーポイントを多投するゴールデンステイトやヒューストンを参考にしつつ(ただし、もちろん両者は異なるスタイル)、「コート上の5人がファーストオプションである」と。

   

そして何より、ホーバスコーチが優先するのはディフェンスとリバウンドでしょう。

   

これからのバスケットボール日本代表

今回の日本代表にとって、歴史的結果といえるバスケットボールワールドカップは大きな分岐点。

   

そう言いきれる最大のものは、「八村塁のような選手がいなくとも戦える」こと。

「海外でのプレイ経験がなくとも、サイズで劣っていても戦える」こと。

   

そしてその象徴が、世界大会デビューが今回のワールドカップとなった、横浜ビーコルセアーズの河村勇輝選手。

彼には留学も含めた、長期での海外プレイ経験がありません。

そして、小さい。

が、この成績

注目!

   

NBAでのプレイを1つのゴールとするならば、やはりその近道はNCAAディビジョン1でのプレイであると言えますが、日本代表に入り、FIBAイベントで世界を相手に戦うのであれば、必ずしも海外経験は必要ない。必ずしも2メートルの身長は要らない。

   

トムホーバスと、河村勇輝ら、Bリーグの日本代表選手たちがプレイで示したのは、こういった強烈なメッセージではなかったでしょうか。

   

まだもう少し。

トムホーバス氏との日本代表ヘッドコーチ契約期間が2024年パリオリンピックまでなのであれば、もう少し、2028年ロサンゼルスオリンピックまで延長してほしいと、強く願います。

   

<個人的な意見>

4ポイントルールを日本国内だけでも適用するべきだと考えております。

日本代表のスタイルと連動できること、日本人選手が国内どのカテゴリーでも活躍できる(はずである)ことが理由です。

ペイントやリム周りでは、生まれながらの身体能力的に帰化・外国籍選手と競えなくとも、遠くからのシューティングであれば競える。むしろ、圧倒しなければならない。

   

ダンクはいくら超人的でも2点。

スリーポイントは3点。

さらに遠いところから沈めれば4点。

   

ステフィンカリーがBリーグでプレイすることはまずないでしょう。彼らと争うわけではない。

   

シューティングでさえも、サイズで圧倒されるインサイド重視の帰化・外国籍選手と争えないのなら、、、絶望です。

そうであるのならば、外国籍選手の枠など撤廃するべきです。

日本人選手の雇用を守るためだけの「枠」ならば、そのレベルならば、国内でバスケットボールゲームを見る気がしません。

   

   

<後記>

ただし、矛盾しますが、やはり日本の中学高校バスケットボール選手はNCAAを目指してほしい。

上に書いたとおり、トムホーバスは、ペンステイト卒業後に、トヨタというグローバル企業において、フルタイムで「働けて」います。

これと同じこと、つまり日本の大学を卒業したバスケットボール選手が、外国に出て行って、ビジネスマンとして活躍しながらプレイできるでしょうか。

英語という言語に優位性があった(今も、ある)ことも、ホーバスらアメリカ人が企業でも活躍できた、できる面もありますが、英語を話せるだけが外国で就業できる条件ではないでしょう。

ホーバス氏の場合、その(外国で働ける能力の)多くが、NCAAディビジョン1、ペンステイトで培われたものと想像できます。

   

やはり日本の選手育成、さらには教育が、大きな課題を抱えていると言わざるを得ません。

   

ホーバス氏のように、外国でプレイし、その国でコーチになる。そして強くする。

そういう人材を輩出できてこそ、真のバスケットボール先進国と呼べるのではないか、とも思います。

   

丸紅の選手が印象に残っています。

そこまで強化を徹底していなかったため、”実質プロ”は不可。

そんな中で来日した、マイクグリフィン(1989年に優勝したミシガン大学でスターター)、グレッグクーベック(1991年に優勝のデューク大学でスターター)、そして同じく1991年のNITで優勝したチームのスターター、ジョンパトリック(スタンフォード大学→近畿大学、現Bリーグ千葉ジェッツヘッドコーチ)らエリートは、賢いプレイを披露してくれました。

   

NCAA選手たちには数で大きく劣るものの、日本にも、そうしたエリートは確かにいました。

ホーバスさんの名前も載る、こちらも参照下さい。

   

<過去の投稿>

> バスケットボール日本代表のこれまでとこれから-2014年8月

> 日本のバスケットボール<サイズと・・・>

> で、日本バスケットボールはどうすれば・・・<エンデバープロジェクト>

20年ほど前

> 日本の戦い方・ジャパンオリジナルバスケットボールとは・・・

> 日本バスケットボールの戦い方・一つの見本~リック・ピティーノ~

> 日本人選手はまず・・・シュート!シュート!シュート!

> バスケットボール日本男子惨敗-世界で勝てないアジア【五輪世界最終予選】

> 日本のバスケットボール振り返り①-日本バスケットボールの歴史①-日本バスケットボールの歴史

> 日本のバスケットボール振り返り②-歴代日本代表の主な戦績と選手

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<参考>

   

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