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ジェイソンプレストンとルイスタン-NBA、NCAA選手を目指して

投稿日:

2021NBAドラフト2巡目33位指名、ジェイソンプレストン

ジェイソンプレストンのことはよく知られていますね。

  • 高校での平均得点がわずか「2」
  • NCAAディビジョン1校からのオファーがゼロ
  • 一度はジャーナリズム専攻でのセントラルフロリダ大学志願
  • 諦めきれずに進んだプレップスクールで"C"チーム(3軍)
  • 自分で作ったハイライト動画をツイッターにアップ
  • 中堅校オハイオ大学でスターに
  • 2021NCAAトーナメントでバージニア撃破
  • 2021年NBAドラフトで指名

   

シンデレラストーリー。

プレップッスクールで身長が10センチほど伸びたことは好要因ではありますが、自分でハイライト動画を作成してアップしたことなどは、とてもとても参考になりますね。

日本人選手は参考に、というより、NCAAなどでのプレイを希望するなら動画作成は必須です。誰の目に留まるか、わかりません。

何より、諦めないこと、信じることですね。

   

ジェイソンプレストンが進んだテネシー州のプレップスクールは、"Believe"アカデミーという名前でした。

   

NBAドラフト当日

   

   

VMI(バージニアミリタリーインスティテュート)3年生、ルイスタン(唐維傑)

続いては、ルイスタン(唐維傑)。以前も書いた、NCAAディビジョン1のVMI(バージニアミリタリーインスティテュート)の選手。

台湾人の彼は、NCAAディビジョン1でプレイすることを諦めませんでした。

日本人選手にはより身近なストーリーかと思いますので、以下のとおり拙訳を載せます(許可はいただきました)。

   

How Louis Tang went from speaking no English to getting a D1 basketball scholarship-英語を話せなかったルイスタンがD1奨学金を手にするまで

原文*書かれたのはコリーハイツさん。プレップスクール入学をサポートしている方です。

↓ ↓ ↓ ここから

2015年、私は台湾ナイキキャンプでルイスタンと出会いました。 彼は最年少で、台湾南部の都市、高雄出身でした。 台湾人選手のアメリカでの活躍を支援してきた友人のジェリーホーは、ルイをアメリカの高校に通わせたいと考えていました。 この主な目的は、選手たちが英語やアメリカの文化を学び、台湾よりも高いレベルのバスケットボールをプレーすることです。 近い将来、これが台湾代表の強化につながることを期待しています。

初めてルイに会った時、彼はコート上でとても不安定でした。 慌ててプレーして、何が起こっているのかわからないこともありました。 彼にはまだゲーム感覚がありませんでした。が、可能性は感じました。2015年のキャンプでは、とてもD1とは思えませんでした。加えて、彼は英語が全く話せませんでした。中国語以外の言葉をかけると、無表情になるんです。 彼にはやるべきことがあったのです。私は、彼がゲームに慣れる前にアメリカに連れてくることはしたくありませんでした。

2016年、私は再びナイキ台湾キャンプに行きました。 この時、ルイは選手としてはかなり良くなっていましたが、英語にはまだ苦労していました。 バージニア州で彼を受け入れてくれる学校があり、そこは学業面でしっかりしていて、バスケットボールでも実績のある学校でした。シャーロッツビル(バージニア大学の所在地)郊外のブルーリッジスクールは、ルイの可能性を高く評価してくれましたが、彼の英語力を向上させる必要がありました。彼のTOEFLスコアは、入学に必要な最低条件を満たしていませんでした。 これは、英語を母国語としない人が英語力を示すために受けるテストです。 ブルーリッジのコーチ・ケイドレンケは何とかしようと、バージニア州フロントロイヤルにあるバージニアインターナショナルアカデミー(VIA)を見つけました。9年生(日本の中学3年生。アメリカでは高校1年生。アメリカは高校が4年制であることが多い。)を見据えた、8年生のためのプレハイスクールの準備プログラムです。中国からの生徒は、英語とアメリカの文化を学ぶためにこの学校に通います。 ルイはそこでは最年長の生徒であり、唯一の台湾出身の生徒でした。

彼は英語の学習に集中する一方で、毎日コートでトレーニングをする必要がありました。TOEFLのスコアを上げてから、1月にブルーリッジに参加する計画でした。ルイは教室でもコートでも一生懸命取り組みました。 この学校の利点の一つは、日中のほとんどの時間、中国語を話さないことであり、携帯電話は週末の2時間しか使用できません。 新しい言語の理解を早めるには、このように完全に没頭することがカギとなります。ルイはTOEFLと英語の両方の能力を向上させましたが、ブルーリッジの入学審査では、年度途中での入学基準を満たしていないと判断されました。彼は落胆しましたが、努力を続けました。年度末の時点で、ブルーリッジ側は、TOEFLのスコアが彼らのような大学進学準備の厳しい学業環境を乗り切ることにつながるとは、まだ確信していませんでした。ルイの勤勉さと成功への情熱なら、英語力の差を克服するはずと主張しましたが、学校側はその決定を曲げませんでした。ルイは次の秋の入学許可を得られなかった。彼は落胆しました。 ルイがVIAに行った最大の理由はブルーリッジに通うためでした。英語を学び、重要な授業を取り、高いレベルのバスケットボールをすることができる他の選択肢を断ったのです。 彼はどうしてもブルーリッジに通いたかったのですが、VIAでの英語力向上に専念するためにそれらを保留したのです。その時間は取り戻せませんでしたが、ルイはもう落ち込みませんでした。

ルイは屈することなく、心に火を灯してさらに頑張ろうとしました。 ルイは、アメリカで最もレベルの高いバスケットボールカンファレンスであるWCAC(Washington Catholic Athletic Conference)のメンバーである、セントメリーズライケンへの入学を、いくつかの助けを得て実現しました。WCACには、全米でも有数の強豪であるデマッサ、ゴンザガ、ポール6世などが所属しています。彼は毎日のようにバスケットボールの実力を試されることになりました。 また、学業も大変なものでした。

学校やホストファミリーとの関係に慣れると、彼は教室で大活躍でした。ルイは最初の学期を4.0(成績)で終え、3年生(高校2年生)の終わりには3.9のGPAを獲得しました。確かにTOEFLの成績はブルーリッジが望むほどではありませんでしたが、彼は良い成績をおさめ、初めてSAT(大学進学適性試験)を受けたときには1000点を取りました。これは、24ヶ月前に英語を話せなかった人間にとっては、驚くべきスコアです。

セントメリーズライケンでの彼のチームには、ボストンカレッジやデンバー大学にコミットした選手もいました。 彼の最初の試合は、ケンタッキー大学にコミットしている選手がいるボルチモアのチーム(イマニュエルクイックリーのいた、ジョンキャロルスクールだと思います)との対戦でした。慣れないスピードでの試合でしたが、シーズン中に早々にアジャストし、気がつけばスターターになっていました。ルイが常に心がけていたのは、コートに立った時はいつも全力でプレーすることでした。 WCACでの最初のシーズンは、彼のゲームを向上させる上で非常に重要なものでした。次のAAUシーズンでは、ルイはその強靭さと、向上したスキルセットで、カレッジコーチたちにインパクトを与えました。この夏、VMIのコーチ陣が彼を見て、ルイを最優先にリクルートしました。ルイは、公式キャンパス訪問の直後にVMIにコミット。加えて、VMIには20人以上の台湾人学生が通っているらしく、 彼らは卒業後、台湾に戻って兵役に就きます。ミリタリースクールであるVMIでの軍隊生活に慣れるためには、こうした仲間の存在が大きいのです。

NCAAディビジョン1は、多くのプレイヤーにとっての目標であると同時に、達成するのが難しい目標でもあります。 これまで多くの選手をサポートしてきましたが、ルイほどその対策を講じた選手はいませんでした。 私は彼の努力を誇りに思うと同時に、彼のさらなる成長を楽しみにしています。

↑ ↑ ↑ ここまで

VMIはやや特殊な学校

   

読むだけで、ルイスタンの大変な努力に感銘を受けます。*兵役のある台湾や韓国の学生たちが、ミリタリースクールの多いバージニア州エリアに若くして留学するのは、日本にはない、大きな特徴ではあります。

   

同じように苦難を重ねたはずである、日本人選手たちにも、です。

   

東京オリンピックとNCAA

渡邊雄太選手が、ジョージワシントン大学時代に、”ホームアリーナであるスミスセンターに住んでいた”のは有名な話。ここで練習し、勉強していたのですね。

両立が大変なことは言うまでもありませんが、やはりNCAAはNBAを目指すのであれば、最高の環境であることに間違いありません。

NILというものが始まりました。これにより、NCAA最大の課題ともされていた「学生の収入」が認められます。間違いなく混乱はするでしょうが、年収約5000万円が目安とされた、オーストラリアNBLGリーグイグナイト、そしてオーバータイムエリート(OTE)に進む選手は限定的となるかもしれません。

NILはNCAAの歴史を大きく変えるものですのです。これについても後日書きます。

   

NCAAの凄さ、凄まじさは、東京オリンピックで再認識させられました。

こちらをご覧下さい。

オリンピックの全出場選手、計約11,000名ほどのうち、1割にあたる選手がNCAA出身。アメリカ代表にいたっては、75%がNCAA出身。*空手や柔道など、オリンピックにはNCAAにない競技もありますから、バスケットボールをはじめとしたNCAAスポーツに限ってみれば、その割合はさらに増大するでしょう。

学校ごとに見てみますと、、、

ランクNCAA加盟大学名東京五輪出場選手数
1USC(サザンカリフォルニア)62
2スタンフォード56
3UCLA37
フロリダ37
5ミシガン33
カリフォルニアはじめ、スーパーハイメジャー!

   

一方、日本の大学↓

ランク大学名東京五輪出場選手数
1日体大58
2早稲田28
3日大26
4筑波24
5明治18
6東洋14
法政14
8近大13
中央13
10天理12
11東海11
立命館11
13順天堂9
山梨学院9
15慶應義塾8
引用元

一見、健闘しているようにも見えますが。。。(日本国内での争いは、もはや虚しい)

   

ディビジョン1だけで350校を超えるNCAAのその数はすさまじい。

ちょっと例を挙げるだけで。

バスケットボールMVP、ケビンデュラントらを輩出したテキサスは28名

ジェイソンテイタムらのデューク14名、ライバルのノースカロライナが10名

バムアデバヨ、デビンブッカーに、ケルドンジョンソンの3名を送り込んだ、ケンタッキーが記録更新の20名

・・・

NCAA出身の日本人選手は下記の計8名でした。

選手名出身・所属NCAA校スポーツ
八村塁ゴンザガバスケットボール
渡邊飛勇ポートランド→UCデイビス
ベンマクラクランカリフォルニアテニス
ハキムサニブラウンフロリダ陸上
シェーファーアヴィ幸樹ジョージアテックバスケットボール
柴原瑛菜UCLAテニス
富永啓生ネブラスカ3x3 バスケットボール
渡邊雄太ジョージワシントンバスケットボール
全NCAA選手一覧

   

まず、NCAAへ選手を大勢送り込みたいですね。

国内の環境はその後。

オーストラリアあたりはこの域を超え、いよいよ育成をNCAA任せにしないようになりつつあります。

   

   

→もう1つ、参考記事

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